2015年02月21日

築地の外国人居留地って知ってます?

がん治郎ポラロイド シーボルト.jpg

この銅像は、日本の西洋医学(蘭学)の祖『シーボルト』。

1853年にペリーが黒船で来てから、日本は各国と修好通商条約を結部ことになるのですが、その条約が締結されたことにより生まれたのが、築地の外国人居留地。

そのことからこの銅像が建てられたそうなのですが、なぜシーボルトなのでしょう。

シーボルトゆかりの地と言えば、やはり長崎の出島。
シーボルトが開校した鳴滝塾があったのも長崎ですし、江戸に出てきていた時も築地に住んでいたわけではありません。

答えは、シーボルトの娘いねが築地で産院を開業していたから。
さすがにチョッと強引ではありますが、東京という場所は、歴史ですらも日本中から集約してしまう要素があるんですね。

そんなわけで、築地の外国人居留地を知ってもらうための銅像としてシーボルトが選ばれたようです。

ちなみに、築地の外国人居留地は1899年(明治32年)の治外法権撤廃により姿を消すこととなります。
posted by がん治郎 at 13:47 |  |- 銀座界隈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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